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創立からの歩みと創立者フォレスト・C.シャクリー

すべての方により健康な暮らしを、そしてより豊かな人生を。
すべての方により健康な暮らしを、そしてより豊かな人生を。
創立者 フォレスト・C.シャクリー 創立者 フォレスト・C.シャクリー

創立者 フォレスト・C・シャクリーについて

シャクリーの創立者であるフォレスト・C・シャクリーは開拓時代が終わった19世紀末、アイオワ州で誕生しました。小さい頃から病弱だったため健康への関心はひときわ高く、大自然と哲学書を友とする少年時代を送ります。当時出会った“自然は病いを癒す力を備えている”という言葉に感銘を受け、カイロプラクティックの治療院を開業。さらに野菜や豆科植物の栄養成分に注目し、栄養補給食品の開発に取組んでいきます。こうした活動を続ける中、哲学者エルバート・ハバード、発明王エジソン、飛行士リンドバーグなど偉大な人々との出会いによってフォレスト・C・シャクリーは独自の理念「自然との調和」「ソートマンシップ」「ゴールデンルール」を育み、これが1956年のシャクリー設立へとつながっていったのです。フォレスト・C・シャクリーのこの精神は生誕から約120年を迎える今日もなお、シャクリーの企業活動に息づいています。

会社設立、現在までの歩み

1894

アイオワ州の炭鉱採掘地帯で産声を上げる
結核を患って誕生(この時代には結核は不治の病と考えられていた)

フォレストの健康のためにと両親は州北部の田園地帯へと移り住む。効果のみえない結核の薬物治療をやめ、彼らの農場で栽培されたもののみを食した

1900頃

10代となったフォレストはバーナー・マクファーデン著「体の文化」を読み体を鍛える

大学へ進学したフォレストはスポーツ万能な青年へと成長
「バランスのとれた栄養摂取」「自然との調和の保てる環境」「適切な運動」こそが心身の健康を獲得するために必要だと考えた

カイロプラクティック医学を学ぶ

1915カイロプラクティックの治療にあたる

治療に来ている人たちは、食べる量がおおすぎるくらいなのに、必要な栄養素が不足している人が多いと考えた

アイオワ州のロックウェル・シティに開業

患者の経過を観察するための栄養日誌を考案

食物が健康の維持・増進に関連しているかを探るための研究に着手「ヴァイタライズドミネラル」を開発
1924メーソン・シティへ移転ヘルス・ケア・センターを開設カイロプラクター、整骨医、内科専門医、一般診療医、外科医を管理
自家用飛行機を使って診療活動を開始「フライング・ドクター」と呼ばれる
1928「食物ガイド・ピラミッド」に酷似したユニークな食事療法を開発
1929

クリニックが火事で全焼

「ツーリングホーム」と名付けたキャンピングカーを発明

牧師に任命される

1931

カリフォルニア州オークランドに移り住みクリニックを開業

栄養補給の重要性について講演をする

1933神学博士として学位を受ける
1956カリフォルニア州オークランドにシャクリー・プロダクツ・カンパニーを開設

栄養補給の必要性を人々に伝えるためにシャクリービジネスをスタート

開発の基本プラン、自然の恵みを基にした成分と最新の科学技術の成果を組合せた最高の品質の製品をつくり出す
「プロ・レシン・ニブラー(のちのプロ・レシン)」「ハーブ・ラックス」「リクィ・リー」

 
1962カリフォルニア州ヘイワードに生産拠点を設立
1972シャクリーコーポレーションに社名変更
1975日本シャクリー株式会社 誕生
1977ニューヨーク株式市場に上場
198591歳の長寿を全うし、永眠
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